2005年8月14日

前の犬(マイロ)の病気との闘い

前の犬は前立腺癌になって最終的に死んだ。

最初の症状が出たのは死ぬの3ヶ月前(3月末)ほど。ある日突然、失禁した。今までいきなり何もなく失禁することはなかった。しかし突然した。

膀胱炎と判断して、薬で治療して三日間程度で改善された。そのためもう完治したと誰もが思っていた。しかし不自然だった事が続く。それから15日後ぐらいにあまりに大便の出が悪くなってきた、その後再度尿を失禁して完全におかしいと病院に行く。

そこで精密検査で、大便が腸にたまっており尿も溜まっているとのこと。最終的に前立腺が異常に肥大していることがわかる。その時からはご飯は完全にドッグフードはやめた。どうしても硬めになってしまうので詰まってしまう。そのためすべて柔らかくても出るように手作りに切り替えた。

治療はとりあえず前立腺癌かもねということで治療が始まる。ホルモン剤治療ということになった。前立腺癌は手術は行えないとのことだった。細胞を取り出して検査する確定診断すらも行えないとのことだった。出血が止まらなくなる可能性がありリスクが高いこと、あと転移を早めるリスクが高いということでできないとのことだった。

(なのでガンであるという確定は行ってないので正しくは前立腺腫瘍となるが、あんなに日々でかくなるような細胞はガンぐらいしかない)

尿はしばらく様子を見ていたが、結局全く自分では出せなくなったため、カテーテルで獣医で導尿してもらっていたが、その度にかなり高い処置費を請求されたため、すべて自宅で看病することになった。

5月に入り、散歩の頻度を一気に増やす。特に大便はどうしようもなかったので頻度を増やしてコツコツ出すしか方法がなかった。そのために一日3回4回と散歩に行った。散歩前には尿を出しておいた。出るときには1Lほど出たので本当に苦しかったと思う。

5月10日ぐらいになって薬の効果が現れなかった。そのため薬の量を一気に倍以上に増やすも、マイロ自身がもう身が持たなさそうだった。そのため途中で薬の投与はやめて、残りの医療費はすべて食事代へ変えることにした。

貯金箱にコツコツと貯めてきて8万円ぐらいあった。それも半分は既に無くなっていた。残りの半分は毎日刺身など好きな物を与えることにした。勿体ないという人もいるだろうが、犬のためのお金だったのでどうでもよかった。ケチって後で後悔することだけは絶対にしたくなかった。

(高度な医療を受けさせれば確かに治ったのかもしれない。治療費を出せば生きられたのかもしれない。そういう後悔は未だにする。あーすればよかったとかいろいろと考える。でも日々悪化して行く中で選択はそう多くなかった。)

そしてこの頃から歩き方がおかしくなる。後ろ足の左側に力が入らなくなっていく。たぶん前立腺が大きくなりすぎて足の神経を圧迫していたためだと思う。


5/20頃になると便が更に細くなってきたと感じる。柔らかいからこそ出る物のあまりにも出る量が少なくなってきた。詰まっているわけではないので浣腸では出すことができない。かといって、直腸に貯まっているわけではないので指で取り出すこともできなかった。唯一わかるのは直腸の手前が腫瘍で圧迫されているのだけは確実に分かった。

5月末、もうこの頃には歩こうともしなかった。でもそんな中でもがんばって連れて行った、一日でも長く生きてほしいと願った。便がこんなにでないことを悔しく思ったのは人生で初めてだった。

6/3。この日に最後に庭でさせて、その日を最後に歩くのはやめた。

歩くのをやめると、次第に導尿で出す尿は血尿に変わっていく。水を飲む量も減ってきて、排尿自体もかなり減る。次第に足がむくみだしパンパンになって腎機能低下が見られるようになる。

便は出なくなるわけではなく漏らすようになる。なので肛門の周りはうんちでベタベタになるので毎日洗った。

それと同時に、食欲はほとんど無くなり何も食べなくなる。水だけでもと思いスポーツドリンクや砂糖など高カロリーな物を食べさせるも、次第にその量は減少する。

最終的にほぼ2週間近くほとんど食べてない状態で水だけ口にするのみとなる。まだゴールデンはふわふわしているので見た目は分からないが、ビックリするほど触ると痩せていた。骨と皮の体になった…それも最も皮肉なのは、ガン細胞だけはドンドン大きくなっていった。

もう最後の方は尿に変な不純物が見られるようになった。あと血尿もとてつもない悪臭をだすようになったり、一度だけ便を引き出して見られるかと、道具を揃えてやったが、圧迫部分が想像以上に強くほとんどでなかった。それどころか大便が腐敗しているかのようなニオイが出始める。普通は硬くなるはずだが、そうはならなかった。柔らかいのに出ない、出ればそれだけで生きられるのに…。そう思っていろいろしたけど何もできなかった。

その他にも最後の方では膀胱の下付近に別の腫瘍が触って分かったので、何か転移していたと思われる。


運命の日、6/30。

その前の日、獣医からもらっていた睡眠薬を飲ませた。あまりに苦しがるし寝てないので、飲ませた。とはいってもいつも飲ませる量の半分程度で決して多くはなかった。

そして夜、雷雨でゴロゴロとなっていたがそんな中で苦しがっていた。

翌日はもうぐったりしていてあまりにも動かなかった。全く動かないわけではなかったが、ほとんど動かなかった。誰もがあと2・3日だろうなと思っていた。

午後15時頃、出先から帰宅してみると、寝ているのだがおう吐をしていた。ただその内容物はもう通常の物とは違い、完全に腸からの逆流したものだった。

もう無意識なのか、そのおう吐物のところに頭を置いて動くのでゲロまみれだったので、綺麗に水タオルで拭き取ってあげる。

16時半頃になってもまだ時々体を起こしていたので死ぬとは思わなかった。

その頃、聞いたこともないような音でゲロを出そうとしていたけど、それはもう意識と言うより体が最後の力でなんとか排泄物を出させようとしているかのようだった。

16時55分頃、ヒューヒューと鼻から少し音を出すような呼吸になり気がつく、すぐに見ると呼吸が肺でしているというより腹でしているような感じで違和感を感じたが、また吐くのかと思って、おしっこシートを顔の下に引いて、テレビを見た。


17時少し過ぎたとき、全く音が聞こえなくなったことに気がつく。

すぐに見ると既におなかは動いてなかった。呼吸が止まっていた。とっさに確認して心臓はまだ弱く動いていた。。でももう生き返ってはほしくなかった。あんな短い期間とはいえ、苦しがる姿はもう見たくなかった。

「がんばったな」

そう心から思った。

でもそうは思っても涙は止まらなかった。


家族に連絡し、帰ってくる前にゲロも他の物も綺麗にしておこうと思ってブラシをかけて綺麗にした。そのブラッシングは最後だと分かっていてやっている自分が居る。本当にイヤだった。

最後なんて事実は受け入れられなかった。

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