理解されない苦しみ
犬に噛まれて、少しでも「本当にこんなに噛むのなら保健所行きだぞ」と周りに言うと引かれる。
しかし噛まれた直後ってのは、本当に嫌になる。なんで噛むのか...怖い...これ以上飼いたくない。という気持ちにはなる。
でもそれ以上に辛いのは周りからの言葉である。
「しつけで噛まなくなるようだよ」「そこまでしなくても教えればわかるよ」
それで片付くのなら話は簡単なんだよ。しつけだって、普通の一般の家よりよっぽどできている。座れすらできない小型犬の飼い主に、あーだこーだと言われるとうんざりくる。
大型犬の飼い主同士だと、随分と気が安らぐし、感覚も近くてすごくいいんだけどね。いやそれは散歩中に話をしても常々そう思う。大型犬の飼い主は基本的な部分の認識が同じなので、話しやすいね。どこかでしつけを怠ったらどうなるかという結果を知ってるしさ。知らない飼い主は手放すか、大型犬は飼わないだろう。
理解されないってのは、いくつかのものに似ている気がする。
例えばDV夫に暴力を受ける妻が、全く逆の円満な妻に相談するようなものだろう。
それぞれ夫というイメージは自分の夫を強くイメージする。だから、片方はとにかく暴力から逃げたいといっても、片方は話せば解決するのでは?と言うだろう。
鬱病も同様だろう。誰だって、憂うつなることはある。怒られ、仕事で失敗すれば凹むのは誰だってある。ただ鬱病はそれとは異なるのに、「気のもちようだよ」とか下手な言葉をかければ、かえって相手は傷つく。これは嘘であっても「病気なんだから無理することはないよ」と言ってあげることの方が大事だとは思うが、実際にここまでわかる人が今どの程度いるのかはわからない。
結局、当事者の気持ちというのは、当事者にしかわからないわけで、周りが完全に理解することは難しい。
しかしその気をきかせたつもりの一言が、かえって傷つけるケースはあるわけだ。
そんなケースが本当に多くて嫌になる。
確かに飼い主として、「保健所に連れて行く」なんてのは言ってはいけない言葉だろう。
しかしそれは噛むと言うこと自体がなければ、あり得ないことだ。少なくとも自分にはない。
ただ噛むというのは、想像以上にそして見た目以上に痛く、表面の外傷もだが、かなりの打撲と内出血をする。そして精神的にも信頼もすべてが悪い方に行く。
世間的には、犬は言ってもわからないから仕方ないとか、噛まれるということがどういうことなのかもわからず、あまり深刻に考えずに自分に余計なことをいってくると、それが原因で精神的に凹む。
何を言ってほしいわけでもないんだよね、だから自分から傷を見せて噛まれたことをアピールすることもないし...。でも見た目からどうしても目につくけどね。手だしね。
いやゴールデンとか大型犬の飼い主はもっと飼育という観点から話せるからいいけど、小型犬の飼い主では、いってることもメチャクチャで話になんないもん。全員とは言わないけど...。
どっちにしても、手の傷と同時に、噛まれると精神的にもいろいろと堪えることが多いのは辛いよね。
保健所になんて絶対に連れて行かない。(少なくとも自分は処分方法や現実は嫌と言うほど見てきた)
もし自分たちで手に負えないのであれば、その中で何とかやっていくし、それが病気が原因であり、レオ自身が痛みに耐えられないのであり、更に看病もできないとなれば、安楽死させるしかない。それであっても、苦しみの中で死ぬ保健所には連れて行かない。まだ獣医の元で安楽死の方がマシ。それは家族として里親として最後まで何とかするのが義務だと思うし。
でも、それを認められない状態で里親を続けろと言われれば、安楽死もないのなら返すしかない。
ただここらは認めてもらったのでいいんだけどさ。今すぐではないけど、激痛を伴う病気(ガンが骨に転移とか)で人間に危害を加えるようになれば、レオは手厚い看病はできそうもないね。
可能な限り治療できることが理想だろう。しかしそれはできる犬であった場合であって、できない犬であれば別である。
自分も前の犬とレオは全く異なるのでどちらの気持ちもわかる。
ただ一言言いたいのは、何があっても、これ以上は二度と噛まれたくない。
もう二度と噛まれないようにしないと...。触るのも気をつけないとね。
レオは噛む犬

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